2011年2月28日月曜日

溜池山王駅

 地下鉄南北線の溜池山王駅で降りて、地上に上がると首相官邸が近いせいか警官があちこちに立っていて、塵一つ落ちていない道に出る。樹木も古く立派です。男坂を登って‘日枝神社’にお参りした。境内には初宮詣の赤ちゃんもいて、皆さんで写真を撮っていた。慶事が終わった人々もちらほら。紅梅白梅も七分咲きで、猿の表情が面白かった。比叡山麓の日吉大社から、山王信仰の勧請を受けた日枝神社はあちこちにある。
 「サントリーホールへ行くのに、地下道を歩くのではつまんないでしょう!」というM子さんの提案で、静かなスペイン坂を歩いた。スペイン大使館の隣 ‘RANDY’のオープンテラスで、お昼を食べました。
黒澤監督の食卓をテーマにしているという‘永田町黒澤’の趣のある店で、食べましょうと言うことだったけれど、満席で外に待っている人もいたりで、歩きながら探して「此処が良いわ!」と決めた。
風もなく暖かいしのんびりした。テラスの恋人同士の女性が春色のスーツを着ていて可愛い。お店の中央の花瓶に‘スターチスとチュリップ’。トイレには大輪の‘ラナンキュラス’が飾ってあった。

2011年2月26日土曜日

オレンジピール

 朝食後残ったオレンジの皮でオレンジピールを作る。皮を茹でこぼして、細く切って、砂糖のシロップで煮て出来上がり。網に並べて乾かす。残ったシロップにはオレンジの香りが残っていて、紅茶に入れると美味しい。
乾いたら、グラニュー糖をまぶして保存して置く。‘フルーツケーキ’を焼くときに使おうと並べていると、何時の間にか減っていく。「うーんオレンジの香りがする!」と言っているので、ちっとも貯まらない。
 オレンジピールは‘溶かしたチョコレート’を潜らせて、乾かすと‘オランジェット’が出来上がる。ウイスキーに合う洒落たおつまみになります。

2011年2月25日金曜日

「老年の価値」 ヘルマン・ヘッセ(1877~1962)

 図書室の本棚を眺めていて見つけた。窓際の明るい場所で立ち読みしていたけれど、疲れたので借りて帰った。
 ヘッセ研究者の権威で、数多くの著作を編集出版されたフォルカー・ミヒェルス編・岡田朝雄-訳です。20歳の頃読んだ作品は全て高橋健二(1902 ~1998)訳だったと思う。
40年にわたる詩、エッセー、手紙、たくさんのモノクロ写真は、末息子の写真家マルティーン(1911~1968)の作品、ページ毎素晴らしい。
「死を準備する道にいったん踏み出した者は、もはや挫折することはなく、いっそう熟成の度をますのみである。」とある。この言葉の意味のどれほども私には判らないけれど、ちょっと嬉しい。
この本を読み終えたら、次は「庭仕事の愉しみ」ヘルマン・ヘッセ(草思社)を借りよう。
表紙は芥子色だったけど、やはりモノクロだなあ!と思って変えた。

2011年2月21日月曜日

レンコン (蓮根)

 レンコンの旬は冬である。正月を前にすると値段が上がるけれど、今は安いので惣菜には欠せない。在来種は泥中深く伸びるので掘り難いから、支那種が多く栽培されているとか。
在来種は食べた時に糸を引くと聞いて、「そういえば昔食べたレンコンは糸を引いたなあ!」と思い出した。
小ぶりの4節を398円で買ったので、2節で常備菜の‘酢レンコン’と‘きんぴら’を作った。レンコンは長く火を入れずに、シャリシャリ感を残すのが大切です。酢レンコンは7~8分で、きんぴらは刻む時間からで15分足らずで出来た。一鉢100円ちょっとです。残りの2節は、てんぷらと筑前煮にしよう。
 毎日午後は泳ぐことにしているけれど、月曜日はスポーツクラブが休みなので暇だった。

2011年2月20日日曜日

カトレア (ラン科)



 植物園の温室の前に 「カトレアが満開です。ご覧ください。」という札が下がっていた。
扉を開けると甘い香りが満ちている。誰もいないので「ワー!ラッキー!」と言いながら、独り占めした。洋ランの女王と言われるだけあって、堂々たる艶やかさに圧倒される。
カトレアはブラジルの山深いジャングルで1818年に発見され、ヨーロッパに入った。日本では地味目のランが主流だったけれど、戦後、駐留軍のパーティーの折りに、胸を飾るために大枚をはたいて探し求めたようで、一気に栽培が広がっていった。
 今年の‘世界ラン展2011’の大賞は、園芸研究家の江尻光一氏が21年間育てられた‘ピュアホワイト’だ とテレビで放映していた。
清楚ながら華やかな白い花が2000輪も咲いている大きな鉢が飾られていた。「一つの苗から時間をかけて拡がりました。」と 淡々と話しておられた。
「春新芽は親株の生え際から出て、養分を取る為に、親の茎は少しづつ皺が出てくる。新芽が一人前に生長し養分を貯えると、秋に親株は元気が出てくる。」と書いておられる。
    










グリーンセンターの温室で 

2011年2月18日金曜日

福寿草 (キンポウゲ科)

 植物園の講座室を出てだらだらと坂道を歩いていると、荷物とコートを散らして置いて、写真を撮っている人がいた。三脚を低くして‘福寿草’を撮っている。
空に向かって黄金色の花が咲いている一劃があった。茎や葉が伸びてきている。古典園芸植物で1月1日の誕生日の花。
 その人は突然綱を跨いで入り、枯れ草の上に身を投げ出した。びっくりしてみていると、カメラを地べたに置いて少し動きながら撮っている。こういうのを‘匍匐’というのか!と感心した。
「良い位置から、気に入った角度で撮りたいんだなあ!」と 思った。
‘福寿草とおじさん’という題で撮ろうと思ったけれど、邪魔しちゃ悪いので帰った。

   福寿草這ひて近づくカメラマン     つるばみ

2011年2月17日木曜日

日本桜草 (サクラソウ科)

 グリーンセンターの‘サクラ草を育てよう’という講習を受けた。今日の植物園は殆ど人は居ずのんびりしている。 最初にサクラ草の歴史・性質・栽培方法・管理について、詳しい話を伺う。10分間の休憩後に、昨年咲いた鉢をひっくり返して、根を取り出し、芽を一つづつに分けて、植え付ける実地だった。
講師は鈴木暢彦技師で、若いけれどサクラ草の担当になって、3年たったと言われた。周りの職員の方々から「ノブサン!ノブサン!」と 呼ばれていた。
「吾国は草も桜を咲きにけり」と小林一茶(1763~1828)も詠んでいて、江戸時代には大勢の人が持て囃したようであるが、明治になり西洋の華やかな花に人気は移っていった。
荒川の辺りに野生していたけれど、河川敷の開発工事により絶滅危惧種になっている。
廊下には資料が並べてあり、江戸時代に使われていた「孫半斗鉢」が展示してあった。5升入りの半斗瓶の底に穴を開けてある。瀬戸で焼き、赤茶色の釉薬が掛かっているのが、可憐なサクラ草に似合っていただろうなあ!と思った。