2010年6月19日土曜日

ボルドー



 成田から11時間半のフライトでパリに着き、乗り継いで1時間20分でボルドーに着いた。時差7時間。
ピレネー山脈からのガロンヌ河の河口沿いに紀元前300年頃にケルト人が住みついたといわれている。
歴史を重ねながら、交易で栄えた町には、大広場・大劇場・美術館・博物館・城門の大鐘楼・大聖堂が聳える。
歴史の古いボルドー大学の3Mは、モンテーニュ(1533~1592)・モンテスキュー(1689~1755)・モーリヤック(1855~1970)「憶えて下さいね!」と 案内の人に言われた。
 街の電線類は地下に埋められ、車が町へ進入するのを押さえる為に、‘電力のトラム’が静かに4両編成で走っている。看板には規制がある。点滅するネオンは薬局の緑十字のみ。洗濯物は地下の乾燥室か中庭に干す。
ライムストーンの4階建ての住宅の煙突が目につく。「今も使われているの?」と質問した。「電気ガスが主力ですが、暖炉は活躍しています。」「煙突掃除は?」と又質問。「資格を持った所にお願いしています。もし、何かあると保険が降りないんですよ。」と言って笑った。
広場のあちこちには、街にとって大切な人々の彫像が建っているが、フランス革命に散った‘ジロンド派の人々の懐魂塔’が黒光りしていた。  私もそっと撫でてみた。

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