2011年5月29日日曜日

イチゴのストラップとトウガラシのブローチ


 早くも関西が梅雨入りして関東も入った。その上に強い台風2号もやって来て雨の日が続く。草取りもならず針仕事をした。可愛いのが出来たので送ろう。
丹後ちりめんや滋賀県長浜の浜ちりめんは高級な呉服や風呂敷に使われる。近頃はその端布で出来る細工物が流行っているみたいです。
 ストラップ(strap)はいつ頃から流行り始めたのだろうか?strapを辞書で引くと「皮紐で縛る、打つ、折檻する」とあり驚いた。「吊り皮、皮で砥ぐ」昔の理髪店では剃刀を皮で砥いでいたなあ!
江戸時代に巾着や煙草袋をに紐を付けて、先に根付けを付けて帯に挟んだとか!映画で見たことがある。

2011年5月23日月曜日

山の恵み

 ゴールデンウイークには、まだ雪が残っていたという山のスキー場で、やっと出てきたという山菜を採って送って下さった。急坂のゲレンデでは、どんなにか大変だったろうに嬉しい。ワラビ・山フキ・山ウド・イタドリ・お庭のサクランボと贅沢な品々で感激しました。
・ワラビ(コバノイシカグマ科)は、重曹であく抜きし、その液に一晩漬けて置いたら真っ黒い液になった。根っこから取ったワラビ粉でワラビ餅を作るけれど、近頃食べていないなあ!
・山ウド(ウコギ科)は塩と片栗粉であく抜き。夏には白い小さな花が咲くのだとか。
・山フキ(キク科)は茎も細く、葉も柔らかく緑色が淡い。
・イタドリ(タデ科) スカンポ、ドングイ、カッポンとも呼ばれているが、皮を剥くと翡翠色が出てきた。皮は強くて糸として使われたのも納得する。お奨めの‘ジャム’を作った。酸っぱいのにレモンを入れ、砂糖を入れる。初めての経験で恐る恐るだったけれど、ウーン美味しい!山の精気を頂いているみたい。
・サクランボ(バラ科)は皮が薄く甘い。透き通った紅色は繋げてネックレスにしたいな!と思った。

すかんぽや路傍の石は愛読書   つるばみ

2011年5月17日火曜日

バンダ (ラン科・ヒスイラン属)

 午後2時間泳いでヘロヘロになり、スポーツクラブの出口に行くと、花屋さんがランの花を入れ替えていた。
「見事なバンダですね!今時期咲くのですね!」と言うと 「よく分かりましたね!」と言われた。

東南アジア原産で木に着生し、霧で育つので珍しい。美しい青は見飽きない。
ジャカルタに住んでいた時に、お隣の奥さまに誘われて、ラン園へ何度か通った時もバンダは特に珍しかった。
 大きな花籠にバンダ・オンシジュウム・テーブル胡蝶蘭を入れていたが、やはりバンダの青が際立っている。
「近頃は、小ぶりの胡蝶蘭が求められている。」と おにいさんが話して呉れて、もう1ヶ月経ったので、引き取っていく大きな胡蝶蘭の花を、3つ捥いで渡してくれた。「有難うございます。お部屋がぐーんと華やかになります。嬉しいです。」

2011年5月15日日曜日

白雲木 (エゴノキ科)

 日暮里の月見寺(本行寺)の本堂で開かれる「平家物語」の語り芝居(琵琶)を観に行くのが目的だった。
月見寺は御殿坂を登った処にある。境内には白雲木の花が咲ききって、飛び石を埋めるほど散り敷いていた。

「陽炎や道潅どのの物見塚」一茶 の句碑があった。戦国時代に太田道潅が斥候台を築いたと伝えられている。
「ほっと月がある東京に来ている」種田山頭火(草木塔) の句碑もあった。



 本堂は暗くろうそくが灯っている。香が強く匂って観客は身じろぎもしない。琵琶(岩佐鶴丈)の音は、平家物語ではやはり主役だと思った。「敦盛最後」のくだりが好きで、岡崎和彦氏の名演と相俟って、無常が沁みた。

2011年5月14日土曜日

 谷中の墓地から通りへ出ると、谷根千(谷中・根津・千駄木)散歩の人々が増えた。谷中は寺の多い町です。
長安寺の‘門被りの松’を見ながら入って、座ってしばらく休んだ。
歩き出して角を曲がった先に長い塀が見えた。塀の中の家は洒落ているけれど、塀には瓦を嵌め込んであって、留め瓦も使ってある。「古い家を壊して、新築する時に瓦を塀に残したのかしら?」と話しあった。

 博多の住吉神社の北にある‘楽水園’を訪ねた時の‘博多塀’は石や瓦の欠片が埋めてあり珍しかった。博多祇園山笠が出発する櫛田神社の塀も面白かった。
戦国時代の戦乱で廃墟となった博多の町を秀吉が復興する時に、焼け石や焼け瓦を使ったという‘博多塀’を再現してある。写真をアップしようと4年前のものを探したけれど、楽水園の本格的な茶室や野点ての様子や滝や池ばかり。確かに博多塀を撮ったのだが…。

マロニエ通り

小雨降る中を用があったので銀座まで出掛けた。
有楽町駅から行くと、プランタンの横の‘マロニエ通り’には栃の木が花盛りであった。
急そぐんだけどなあ!と思いながら、何枚も写真を撮っていると、高級ブランド店の前に立つ黒服のイケメンがじっと見ていた。お店に用はないけれど「よく咲いてるわね!今が盛りね!」と話しかけると「マロニエで御座います。」と 美しくニヒルな顔で少し笑った。

木の幹には「トチノ木」と札が掛けてあるが、マロニエは「西洋トチノキ」である。
こんなに咲いているのを見るのは、珍しいのでもっと見ていたかったけれど、お兄さんに怪しまれるし、先を急ぐので歩き始めた。



谷中五重塔

 JR鶯谷駅北口を出て、友人を待っている間に祭りのお旅所で、寛永寺へ行く道を尋ねた。「うーん!一番判りやすい道は!」と 教えて下さった。
「明日からお祭りですか?」「うーん!今年は自粛して神輿は出さないで、義援金の箱を出すんだ!」と 言われた。
 二人で寛永寺に参ってから、話しながら広い墓地の中を散策した。迷い子になりそうなので、徳川家の墓の方へ行かずに、真ん中を進んで五重塔の跡地へ出た。
幸田露伴(1867~1947)の小説のモデルになった場所は、昭和32年に心中事件の巻き添えで、五重塔は焼失し、礎石が残る公園だった。