2012年4月30日月曜日

メヒカリの一夜干し

那珂湊港の魚市場での買い物も、行程に入っていた。
バスの中で「買った魚は、必ずトロ箱に姓名を書いて貰って下さい!」と注意があり、「時々、帰ってから「中身が違っている!取り違えたらしい!調べて欲しい!と苦情が来ます。鮮魚だから困りますからね!」 と何度も念を押された。
観光バスが2台入っていて活気がある。「明日から忙しくなるんだ!」とゴム長靴、ゴム前掛けのお兄さんが嬉しそうに話していた。
海産物を丁寧に見ながら行くと、どれにも産地が書いてあった。
この辺では魚を獲っていないらしい。
水に濡れたたたきを用心深く歩いて行くと、道路へ出て、向こうは海だった。
船を見ようかな!とキョロキョロしていると、「奥さん危ないよ!」と注意された。
サヨリ・サンマ・カレイ・サバが干されて、美味しそうなので、試食して暇をつぶした。
愛知県産のメヒカリがあったので、珍しくて千円で買いました。丸ごと食べられるので、「当分カルシューム補給には困らないな!」と思った。
帰ってから冷凍する為に、小分けしていたら、70匹もあり驚いてしまった。「奥さん!おまけしてっからな!」と言っていたっけ!
深海魚で、底引き網で獲るらしい。昔は雑魚だったけれど、今は珍味の高級魚らしい?


2012年4月29日日曜日

国営ひたち海浜公園


ネモフィラの青や溶けゆき蒼空へ   つるばみ

標高58mの砂丘の上まで登って海を見下ろした。
「昨年3月の震災時には、どのあたりまで津波は来たのだろうか?」と思って、振り返ってネモフィラの花畠を見渡した。誰にも聞けなかった。
この一帯は、大戦中には水戸飛行場に。戦後は米軍の水戸射爆撃場として使用されてきました。
公園の総面積は350haで、ディズニーランドの5倍の面積とか。今利用されているのは、その半分だそうです。
松林の中の珍しい種類のチューリップ畑を歩くのは楽しい。
花を見る人々はニコニコと幸せそうだった。秋には丘一面にコスモスが、夏はコキア(ホウキグサ)が。
若い夫婦がベビーカーを押しながら「ここって、茨城県の誇りだねっ!」と話しながら歩いていた。
古民家が数軒ある辺りは、子供たちが昔の遊び道具で夢中になって遊んでいた。こいのぼりが勢いよく泳いでいた。

料亭 霞月楼

明治22年創業という‘霞月楼’でお昼を頂いた。懐石料理は2時間以上かかるということで、早目に到着。
大正10年海軍航空隊が開設されて以来の歴史を物語る品々が飾ってありました。
玄関を入って正面には、地元出身の‘大川朝勢(伊東深水の弟子)’の‘わかさぎを焼く女性’の絵があった。
中村不折の書‘霞月’。小川芋銭の‘霞ヶ浦の河童’の絵もある。
昭和の初めに、リンドバーグ夫妻の愛機も霞ヶ浦に着水し、独の世界一周飛行船 ‘ツュエッペリン号’も来て、歓迎会が開かれたそうです。
山本五十六元帥とも縁が深いようで、霞月楼あての手紙もある。‘五十六’という名前は、父56歳、母45歳の時の子だったからと、初めて知りました。
屏風に残された出撃前の寄せ書きの文字や絵も興味深い。その中の磯部利彦氏は、横須賀市にご健在で、今年2月に「火だるまからの生還」を出版しておられる。
素晴らしい季節の料理の後、たくさんの部屋や北山杉を使った茶室も見せて頂いた。「明日は200名からのお茶会があるので、その準備をしております。」と女将さんの説明だった。若い女将の着物も帯も見事だったが、使用人に混じって、無口に、ひたすら立ち働いていた。そのうち彼女も変わるのだろうと思った。
 
  霞ヶ浦の歴史刻むや蜆汁    つるばみ

シャトーカミヤ

「ネモフィラを見に行きましょう!」と日帰りバスツアーに参加しました。
新都心の駐車場には、ゴールドの車体の‘アメシャスキング’が停まっていた。
通常45席を36席に・トイレ完備・足置台には、自分用の白いスリッパ・ふくらはぎを支えるレッグレスト付き・革張りシート・‘AED’搭載したバスです。
連休初日にも関わらず、あっさり牛久の‘シャトーカミヤ’に到着。
昨年3月の大震災の被害で、レンガの建物には入れなくて、売店のみ営業している。試飲の場所で‘デンキブラン’をと言うと「大丈夫ですか?」と心配されたけれど、「ちょっぴりね!」と頂きました。
新緑と花々の綺麗な庭とレンガの建物を眺めた。
安政3年に三河に生まれた‘神谷傳兵衛’は、横浜の外国人居留地で働き、フランス人の養嗣子となり、ボルドーでワインの全てを学ばれたそうです。
レンガの建物は、軽井沢の旧三笠ホテルを設計した岡田時太郎が、フランスの醸造所をモデルに、明治36年に建てたそうです。
20年くらい前に此処を訪ねた折に、樽を寝かせてある建物の内部には、独特の黴がびっしり付いていたなあ!と思い出した。

2012年4月25日水曜日

桜の塩漬け

ソメイヨシノが散り始めた頃に、そばの旧小学校の校庭へ、八重桜寒山を観に行った。もう蕾がいっぱいだった。「あと1週間だな!」と思った。
校庭の隅の雲梯の横に2本ある八重桜は、30年以上経つので、高さもあるが、低い枝も大きく広がっている。枝に飛びつかなくても、花を摘める。
管理しておられる方に断って、取らせて頂いた。「今年も塩漬けにするんですか?」と笑われた。
桜ごはん・あんぱん・饅頭の上に飾ります。
「今年は‘あんぱん’を持って御礼に来なくちゃあね!」
30%の塩をして、2日間あくを出した。
その後、酢に漬けて1週間待ちました。時々揺すってみると、毎日紅色が深まってくるのが分って楽しい。
紅色の酢が取れたので、‘桜すし’を作るつもりです。


酢から取り出して、一日干して、塩をまぶしました。よく乾燥させて壜詰めにして保存です。






2012年4月20日金曜日

山道籠

今日は老人会の総会でした。
茶話会や新年会など集まりの時は、いつもAさんに花を活けて頂く。花器を二つ持って来られたので、Y会長が‘山道籠’を選ばれた。
花材は、中庭花壇の季節の花です。今年の新年会の折は、花が無くて、あちこち探して、建物の陰のヤブツバキを活けて頂いた。
今は色々咲いているので、どんな花を活けられるかなあ!と楽しみにしていました。
・シャガ(アヤメ科) ・フリージア(アヤメ科) ・なでしこ(ナデシコ科)でした。どれも多年草で、今あちこちで咲いている。「珍しいチュ-リップがあったので、1本頂いたわ!」と仰った。
そのチューリップは、8年前ベランダで咲いたのを、私が花壇に下ろしたものですが、種ではなく球根で広がっています。細い茎がヒューッと伸びて、三角の花弁が漏斗状に咲いている。2色の色が入り混じり、茎が細くていつも風に揺れている。
活けられた後に、皆さんも写真に撮っておられた。
壁が白いので、シャガを浮き上がらせるために、背景の色を少し変えてみました。

2012年4月17日火曜日

バーレーンの国旗

4月12日に、首相官邸脇の坂道を登りながら眺めた。高い塀沿いの上部には笹を植え、低い道沿いには、黒竹とツワブキが植えてある。雰囲気は和風です。
道の至る所に車止めしてあり、警官が立っていた。
正面へ回ると、日の丸の国旗と、白地に赤いギザギザ模様の旗で「どこの国だろう?」と言いながら、門よりかなり奥の正面玄関の写真を撮ったりした。私のカメラはバッテリー切れで残念だった。道路のあちこちに二つの国旗がはためいていた。
あの日から、ずーっと気になっていたので、国賓を調べてみると「バーレーンのハマド国王が、11・12・13日と来日されていた事が分った。ペルシャ湾入り口に位置する島国は、サッカーの試合でしか聞いたことがなかった。産油国で金持ちらしく、対外試合は、チケットを国が買い上げて国民に配り、応援を盛り上げるらしい。
五つのギザギザは、信仰の告白・一日5回の礼拝・困窮者への喜捨・ラマダンの断食・カアバ神殿への巡礼の5つの定めを表しているのだそうです。

2012年4月15日日曜日

小学一年生

一年生になった孫に、絵葉書を出した。
本人からお礼の電話がきた。私の葉書を読み上げている。
「机の周りは、いつも整理整頓をして下さい。」と書きました。
淡い色の花びらの中に、赤い服を着た可愛い女の子が描かれた絵葉書です。
「この絵は、おばあちゃんが描いたの?」と聞いてきた。
「岩崎ちひろさんの絵だよ!安曇野にある‘ちひろ美術館’のだよ!ところで、クラスは何人いるの?」と聞いてみた。「28人!」 「ちょうど良いねえ!」と言ったら、「何んで、ちょうど良いの?」と聞き返されて困った。
1・2年生のクラスは30名以下と決まっているそうです。

終戦の翌年の4月に一年生になった私の頃は、机の間を通れないほど、生徒が詰め込まれていた。小柄な女先生は髪をひっ詰めて括って、背丈より長い竹の棒を持っておられた。
皆が騒いでいると、その度に、竹の棒を床にト~ンと突いて、「日本は戦争に負けたのですよ!」と 大声を出されて、怖かったことを憶えている。
その小学校も数年前に閉校になり、大型スーパーとマンションになったと聞いた。

2012年4月14日土曜日

雨の日のチューリップ

 今日は急に気温が10度も下がって、冷たい雨が降っています。
中庭のチューリップは、一斉に花弁をしっかり閉じて、花芯へ雨粒を入れまいと閉じていました。
健気なので撮ってみました。
黄色のチューリップの花言葉は、「かなわぬ恋」とか!
おやゆび姫は黄色いチューリップの中から生まれました。

ロールスロイスとバナナケーキ

ザ・キャピトルホテル東急のラウンジでお茶しながら(何杯でもお代わり可)、まったりとお喋りして、会計の時に、‘バナナケーキ’を受け取りました。一日30本焼くというので、夕方には無くなるので、友人が予約してくれていました。嬉しいサプライズ!
バターを入れない、ふんわりした生地。バナナの濃厚な甘味を出すために、茶色の斑点(シュガースポット)が出るまで待って使うという。
横の出口から外へ出ると、駐車場に見た事もない車があった!Rが二つ重なったマーク!「ロールスロイスじゃない?」車幅が両側の線の上に乗っているほど広い。
お行儀悪く車内を覗くと、座席にビニールが掛かっていました。
「結婚式を終えた二人を乗せるのかなあ!」

八重桜 (バラ科)

「黒澤」を出て、少し歩くと、日比谷高校の裏門へ出ました。右手にもう八重桜が開いていた。
良いお天気なので、青い空に映える。
里桜の八重咲きで、ソメイヨシノに比べ開花の期間が長いので嬉しい。
奈良県の県花だそうです。
花言葉は「理知に富んだ教養・教育」とか?

日比谷高校の中は授業中らしく静まり返っていました。

2012年4月13日金曜日

黒澤

久し振りに友人たちと会って、お食事をしました。









国会議事堂の裏手に回り、日枝神社の方へ行くと「黒澤」があります。
黒澤明(1910~1998)監督の美術スタッフによる内装・外装には雰囲気があり、映画の中にいるような気分になってきます。
若い頃、画家を目指し、二科展にも入選されたこともあるそうです。美術品や絵コンテや映画のポスターなどが、店の雰囲気を盛り上げていました。
季節の野菜を使った先付・八寸などを頂きながら、お喋りが弾みます。青磁の薄いお猪口で、日本酒がいっそう美味しかったです。

お店の方に、中や外で記念写真を撮ってもらい、外へ出ると、日枝神社の新緑が美しく道路に映えて、本当に春になったんだなあ!と思いました。

2012年4月6日金曜日

ネモフィラ(ハゼリソウ科ネモフィラ属)

4月に入ってからチューリップがグングン伸びてきました。
株間に植えた‘ネモフィラ’も勢いづいてきた。周りが伸びると、負けじと伸びてくるのは、チュ-リップの間のパンジーも同じです。
近頃人気が出てきたネオフィラですが、ひたち海浜公園一面に広がる空色のネモフィラは感動的です。
原種は、カナダからメキシコへの北米西部に自生しているそうです。一年草で寒さに強くて、4月から5月中ごろまで、よく咲いています。
今日は肌寒かったけれど、中庭の桜の下で、皆さんとお花見をしました。‘栗きんとん’や塩麹に4日間漬けたゆで卵や豆腐も持ってこられて、大変美味しかったです。鳥が桜の蜜を食べに来て、花と萼の間を齧って、パッツパッツと散らかしていた。

2012年4月2日月曜日

ペンギンと乳搾り

丘をもっと登って行き、ペンギンの飼育場へ行きました。
フンボルトペンギンは南米のペルーからチリにかけて生息していて、極端な寒さに弱いらしいです。海岸の洞窟や陸に穴を掘って暮らし、海で魚を獲る。
お兄さんが名前を呼びながら小あじを上げると、後ろの女性が、一羽づつの食べた子あじの数をカウントしていた。
夜は、後ろの草地で寝るそうです。食事が終わるとプールで泳ぎ廻っていました。
坂をだらだら下りてくると、ホルスタインの乳搾りの時間でした。長椅子に50人くらい座って、赤ちゃん牛から乳が出るまで成長する説明を受けてから、実際に絞らせて貰った。
‘森牛乳’という名前の製品で出ているので、買いたいと思ったけれど売り切れていた。

ポニーやヒヨコ

乗馬を体験できる場所では、子供たちが長蛇の列だった。
ポニーが次々と出発している。
その向こうには大きい人も乗れる馬が歩いていた。「65歳以上はタダだから乗りなさい!」と押し出されて、乗馬用の帽子を被ってから乗りました。
背筋をピンと伸ばすと、雲ひとつない青い空が一層高かった。
ポニーの馬屋は、清潔で鞍が掛けてあった。飼育員は大柄な女性が多い。
松林を抜けて、‘仲良しコーナー’へ行った。うさぎ・モルモット・ヒヨコを抱っこできる場所へ移動。広くて大変です。お姉さん達が大勢で子供たちに説明したり、世話をしてくれる。2mくらいの白い蛇を首に巻いたお姉さんがやって来て、皆ワーッと集った。「身体が大きいので、一週間に一匹ネズミを食べます!」と説明していた。順番がきて触っても子供たちは動かない。「交代して下さ~い!」と叫んでいた。

2012年4月1日日曜日

ビアトリクス・ポター(1866~1943)資料館

県北の丘陵地帯に広がる、埼玉県こども動物自然公園(46ha)へ出かけました。
電車を乗り継いで、東武東上線の高坂駅へ迎えに来てもらった。
駅前には、大東文化大や東京電気大のキャンパスへ行くバスも来る。
「カピバラ見た~い」「小さな動物をだっこした~い」「ポニーに乗りた~い」私は敷地内の‘ピーターラビットの資料’を見たかった。
イギリスの湖水地方に建つビアトリス・ポターの自宅そっくりに建てられた資料館を訪ねました。子供たちが手に持って読めるように、小さな本の数々。写真。書斎と本棚。

資料館を出て、丘の上から周りを見ると、動物たちの舎が点在している。早く先へ進まなくては!と 坂を下りてゆくと、ショップの前には、ピーターラビットの足跡が沢山ついていた。