2012年4月29日日曜日

料亭 霞月楼

明治22年創業という‘霞月楼’でお昼を頂いた。懐石料理は2時間以上かかるということで、早目に到着。
大正10年海軍航空隊が開設されて以来の歴史を物語る品々が飾ってありました。
玄関を入って正面には、地元出身の‘大川朝勢(伊東深水の弟子)’の‘わかさぎを焼く女性’の絵があった。
中村不折の書‘霞月’。小川芋銭の‘霞ヶ浦の河童’の絵もある。
昭和の初めに、リンドバーグ夫妻の愛機も霞ヶ浦に着水し、独の世界一周飛行船 ‘ツュエッペリン号’も来て、歓迎会が開かれたそうです。
山本五十六元帥とも縁が深いようで、霞月楼あての手紙もある。‘五十六’という名前は、父56歳、母45歳の時の子だったからと、初めて知りました。
屏風に残された出撃前の寄せ書きの文字や絵も興味深い。その中の磯部利彦氏は、横須賀市にご健在で、今年2月に「火だるまからの生還」を出版しておられる。
素晴らしい季節の料理の後、たくさんの部屋や北山杉を使った茶室も見せて頂いた。「明日は200名からのお茶会があるので、その準備をしております。」と女将さんの説明だった。若い女将の着物も帯も見事だったが、使用人に混じって、無口に、ひたすら立ち働いていた。そのうち彼女も変わるのだろうと思った。
 
  霞ヶ浦の歴史刻むや蜆汁    つるばみ

0 件のコメント: